シンガポール日本人学校
シンガポール日本人学校(英語:Singapore Japanese School)は、シンガポール共和国にある日本人学校。
日本国政府の海外子女教育施策に基づき、シンガポールの法令に基づいて認可された私立学校であり、下記の3つの校舎から成る。
- シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校(Singapore Japanese Primary School Clementi Campus)
- シンガポール日本人学校小学部チャンギ校(Singapore Japanese Primary School Changi Campus)
- シンガポール日本人学校中学部(Singapore Japanese Secondary School)
概要
シンガポール共和国に在住していて、保護者の所属する日系の企業がシンガポール日本人会の会員(法人会員)、または保護者がシンガポール日本人会の会員(個人会員)でないと入学(編入)できない。日本国籍を持たない児童も、校長が授業に耐えうると認めた場合は入学が許可される。しかし、シンガポール国籍のみの児童の入学はシンガポール国内法により認められない。
3校舎合わせて1,700人(2007年公式ホームページより)を超える生徒・児童を擁し、世界の日本人学校の中でも有数の規模である。小学部はクレメンティ校とチャンギ校の2校舎に分かれている。1990年代には、3校舎合わせて最大で約2,200人の生徒・児童数を擁しており、世界で最大の日本人学校であった。
生徒・児童の通学範囲が広いため、生徒・児童のうち学校近辺に住んでいる者以外の多くはスクールバスを利用して通学している。保護者が中心になって組織している協同組合がチャーターした複数台のバスが、それぞれのキャンパス発着で、日本人が多く在住する地域にバスストップを設けそれらを巡回するルートを定めて運行している。
教員は、学校長以下原則として日本の文部科学省から海外日本人学校への派遣教員として研修を受けた者が(長期研修の形で)3年の任期で派遣される。これ以外に、海外子女教育財団推薦の日本人教師が採用されており、現地採用の教員として英語を母語とする英会話教師を含む外国人教師や日本人教師が雇用されている。
沿革
年表
- 1912年 - ミドルロードに補修校ができる。
- 1941年 - 第二次世界大戦のため閉鎖。
- 1964年 - 国語と算数の補習授業開始。日本人学校設置への活動が活発化。
- 1966年 - ダルベイエステート校に移り、シンガポール政府より私立学校として認可され日本人学校になる。教員3名、児童数27名。
- 1968年 - 児童数増加によりスイスコテージ校へ移る。中学部の補習授業が開始。
- 1969年 - 皇太子明仁親王・皇太子妃美智子(現天皇・皇后)が来校。
- 1970年 - 中学部ができる。
- 1971年 - ウエストコースト校へ移る。家庭科室や図書室などの特別教室ができる。スクールバス開始。
- 1976年 - クレメンティ校へ移る。
- 1984年 - 中学部校舎がウエストコーストに完成し、小学校、中学校が分離される。
- 1996年 - 小学部チャンギ校が一部でき、1~4年生までがクレメンティ校、5~6年生がチャンギ校に通う3校制になる。 - ジョホール日本人学校(マレーシア)開校に伴いジョホール州の生徒・児童は転校。 - インドネシアのヘイズによってジャカルタ日本人学校の生徒・児童が一時的に転入。
- 1997年 - 永六輔がチャンギ校で講演。
- 1998年 - チャンギ校がすべて完成。学区制が敷かれる。5日制が開始。
- 2000年 - 常陸宮正仁親王が中学部に来校し、植樹。
- 2006年 - 天皇・皇后がシンガポールを訪問し、児童、教職員が出迎えた。チャンギ校のグラウンドが芝になる。
教育方針
21世紀に生きる日本人として、「豊かな国際感覚をもち、世界の人々とつながろうとする人材の育成」であり、その達成に向かって次のような子ども像・教師像・学校像を追求する。
子ども像
- 自ら学び、考えるとともに自己実現を図ろうとする意欲をもった子
- 広い視野を持ち、異文化を尊重し、世界の人々とつながろうとする子
- 生命(いのち)の大切さを知り、すこやかな心と体を育む子
めざす教師像
- 子どもの良さを見つけ個性を伸ばそうとする教師
- 子どもの思いを大切にし、心響き合う教師
- 子どもと確かにつながり、共に成長する教師
めざす学校像
- 学ぶ楽しさ、分かる喜びを実感できる学校
- 豊かな心を育み、子どものすこやかな成長をはかる学校
- 保護者や地域の人々と協力し、共に歩む学校
この目的を実現するため、教育の柱を次のように定め、実践する。
- 「生きる力」を育むための基礎基本の徹底
- 英語教育の重視
- 現地理解教育と交流教育の推進
- IT教育の充実
- 家庭・地域との連携
授業内容
他の日本人学校と同様に日本の文部科学省が定める学習指導要領に則ったカリキュラムで授業が行われている。
小学部では1年時から週あたり5時限、英語を母語とする講師による英会話の授業が行われている。能力別クラスで通常、中学校から始まる英語の授業とは別に設けられる。外国人教員および日本人教員が授業を受け持つ。
中学部では週2時限の英会話に加え、家庭科、体育、音楽、美術の時間には英語を母語とする講師によるイマージョン授業が行われている。
文部科学省が認可した社会科以外で、特別な教材を使い、戦争も含めたシンガポールの歴史、経済、政治などを学ぶ授業が行われている。
修学旅行
小学部の修学旅行は往路は電車、復路は飛行機でマレーシアのクアラルンプール・マラッカを訪れる。中学部の修学旅行はタイのチェンマイに飛行機で行く。
学校生活
昼食は弁当持参が基本だが、不可能な場合は朝登校後に業者に日替わり弁当を注文することができる。当初は「9ドル弁当」と呼ばれる量の多いものだけであったが、食べきれない者のために「5ドル弁当」も注文可能となった。
日本の学校と同じようにクラブ活動が行われる。練習試合などはインターナショナル校と行われることが多い。
シンガポール日本人学校の在学生は塾に通う生徒が多く、塾にとっても激戦区となっている。
各国の日本人学校の中でも特に学力のレベルが高く、必然的に塾に通う生徒も多い。
校舎
小学部クレメンティ校
シンガポール国立大学に隣接している。
小学部チャンギ校
1996年に一部完成したキャンパス。一部完成後2年間は5,6年生のみのキャンパスとして活用されていた。増築が進み、2年後には1年生から6年生の通う一つの小学校として活用されるようになった。チャンギ国際空港の近くに位置しており、飛行機の離発着に伴う騒音のため窓が2重になっている。
開校当時は周りの土地が開拓されていなかったため、年に一度ほどの頻度でコブラが出現した。そのため、職員室にはコブラの血清が常備されている。また、運動場は日本の学校のように土ではなく、陸上競技用のトラックの素材(ゴムチップ)で出来ていたため組み体操などの練習時には大勢のやけど者が出ていた。2006年に芝となった。
中学部
シンガポール日本人幼稚園に隣接している。